母校150周年と、生徒は玉石混交が面白いという話

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母校・攻玉社が、来年で創立150周年を迎えるということで、
自宅に記念のカレンダーが送られてきました。

文久3年創立。
我が母校は、古さだけなら、慶應義塾に次いで 東京都で2番目だそうです。

前投稿の最後で、さりげなく触れましたが、
「明治の六大教育家」 の一人に数えられた近藤真琴という人が創立者。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E8%97%A4%E7%9C%9F%E7%90%B4

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一部の層から 強いご批判を受けそうな校旗が示すとおり、
母校は、海軍と所縁の深い学校だったので、
戦前は、相当な名門校だったそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BB%E7%8E%89%E7%A4%BE%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E3%83%BB%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E3%81%AE%E4%BA%BA%E7%89%A9%E4%B8%80%E8%A6%A7

しかし、終戦以降、徐々に荒れ始め、
一時期は、学校中が猛者達で溢れ返っていたとのこと。
野球部のOB会へ行くと、とても貫録がおありの大先輩をチラホラお見受けします。

現在では、前投稿に書いたように、野球部からも弁護士さんを輩出するぐらいですから、なかなかの進学校といえます。

最近の進学実績を見ると、東大19人に、早慶も それぞれ100人超え。
http://www.kogyokusha.ed.jp/exam/result.html
1学年250人の学校ですから、かなりのハイ・アベレージです。
って、私は、ただの傍観者ですが。

先日 お会いした恩師が申しておりましたが、
今の生徒は 真面目で おとなしい子が多く、修学旅行へ向かう電車の中でも熱心に勉強しているそうです。
勉強が出来る子は、寸暇を惜しむほど勉強が楽しくなるのですかね。
近い将来、エリート校の域に到達するのかもしれません。

私の通っていた昭和の終わり頃は、学校が進学校化を目指そうとする過渡期に差し掛かった頃で、スポーツ校でもなく、進学校ともいえない、非常に中途半端な高校でした。

中途半端なレベルの私立校の生徒は、玉石混交になりがちです。

私の代も、東大へ行った者もいれば、大きくドロップアウトした者もいる。

結果的に、それが面白かったのかなぁ~と思います。

玉石混交という意味では、私は完全に 「石」 寄りの側で、他の 「石ころ達」 と一緒に馬鹿やったり、反抗したりして、血気盛んに過ごしておりました。
それこそ、修学旅行のときは、高校球児であることを忘れました。

当時の友達も、今では どうにかなっており、
色んな職業に就いていて、専門的に助けてもらうことも多いです。

母校・攻玉社には、大嫌いな先生もいましたが、
野球部をはじめ、大変お世話になったことも事実だし、
もう シジューを超えた、いい大人なので、
来年は、「ふるさと納税」的に、寄付の一つでもしようと思います。

すずめの涙 程度ですがね。

ちなみに、我が母校は、男子校です。
「玉石混交で面白かった」 と前述しましたが、
男女共学の楽しさに叶うはずがありません。

学校が、社会に出るための準備や訓練をするための機関であるのだとしたら、
男女で成り立っている社会へ出る前に、なぜ男ばかりで過ごすのか、甚だ疑問であります。
また、敢えて 女性と距離を置くのは不健康のようにも思います。

しかし、男子校だからこそ、縦横の繋がりも強いようにも感じます。
卒業しても尚ね。
現に、攻玉社の先輩・後輩が仕事の世話をしてくれることは大変多いです。

そもそも、私は なぜ男子校へ行ったのだろう?!
そして、高校卒業後も、
なぜ 男子比率が圧倒的に高い日体大へ進学したのか?!

・・・ と、どうでもいい話でスミマセン。

やはり、それはそれで 面白かったのですが、
今度 生まれ変わったら、早いうちから青学へ行こうと思います。

若人よ、さわやかな青春を!

今日は この辺で。


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この記事へのコメント

ひらの
2012年12月18日 09:44
神宮にいらしたときは小雨模様でしたでしょうか。先生のブログを拝読し、ふるさとの景色にホームシックでございます・・・。しっかり出稼ぎし、モチを買って、年末年始は伊勢志摩で過ごしてまいります。石鏡と書いて「いじか」、相差と書いて「おうさつ」。兄弟船よりリンドバーグが有名ですよ~♪
2012年12月18日 10:08
平野さん、んっ? 何故こっちに。。。
神宮とは、伊勢神宮ですね。
はい、たしかに小雨もようでしたが、それはそれで風情がありました。
伊勢志摩は本当に素晴らしい景観でした。
華麗なる一族が新年会をするのもうなづけます。
そして、リンドバーグもそうなのですか。
大道選手も然りですね。
ちなみに、鳥羽商船学校は、わが母校と兄弟船校(のはず)です☆
ひらの
2012年12月18日 13:23
あ、先生、すみません。
違う記事にコメントしてしまってますね。
大変失礼いたしました!!!
ORIMOSILKROAD
2013年04月24日 20:52
私も玉社の出身です、1988年。今年、職場の研究所に九年前に同じく玉社を卒業し東工大院で学位をとった後輩、ポスドクとしてやってしました。玉社のマグカップを研究室においていたので偶然気付いたわけですが。私の同期には博士号とるまで大学院に残る方はすくなかった?、最近はそうでもないみたいですね。