高校野球・神奈川県秋季大会決勝戦

久々の2日連続での投稿です。

明後日、論文指導が控えているのですが現実逃避です。^^;

昨日は、保土ヶ谷球場へ高校野球の神奈川県秋季大会の決勝戦を観に行ってきました。
メンバーは、元高校球児の鈴木さん、児島さんと、高校球児の息子さんがいらっしゃる福島さん。
昨年と同じ面子の司法書士、社労士です。

対戦カードは、東海大相模 vs 横浜高校という夏の決勝と同カード。
勝利チームの東海大相模が全国準Vしたのは記憶に新しいところですね。

東海は、1~3番、5番、9番あたりが夏の甲子園メンバー。
とくに、1~3番は、夏も1~3番でした。

完全に横浜高校がチャレンジャーという格好でしたが、結果は 5-2で横浜高校の優勝。
http://baseball-memories.jp/archives/2363

夏からエースだった、横浜高校の斉藤投手は 昨日 登板せず、1年生左腕の山内投手が4安打完投。
OBである千葉ロッテの成瀬投手と そっくりのフォームで、東海打線を幻惑しました。
ちなみに、右の斉藤投手は、やはりOBである西武・涌井投手と そっくりの投げ方をされています。

小倉元部長(現コーチ)の指導は伝統的ですね。

画像

決勝打を放った3番ライトの乙坂選手には感動しました。
前の打席で、守備妨害という厳しい判定を受けた後の快打。
同点で迎えた9回表、満塁の場面での打席は、心に期するものがあったのでしょう。
見事な走者一掃のライトオーバー。
塁上では何度もガッツ・ポーズを繰り返しました。

守備妨害の判定は、2-1で横浜リードという競った場面で起こりました。
乙坂選手の打席中に1塁ランナーが盗塁。援護の空振りをした乙坂選手が、スイング後のバットで、キャッチャーの2塁送球を邪魔したというものでした。

審判の判定は絶対であるものの、「あの守備妨害というジャッジはないよな、好試合に水を注すよ」 なんて、元審判員ながら思っておりました。

乙坂選手が どのように感じたのかは知りませんが、何度も繰り返したガッツ・ポーズが心中を物語っているようでした。
http://www2.asahi.com/koshien/localnews/TKY201010040075.html

僕は、感情を剥き出しにする選手が好きです。
王さんやイチロー選手のように、ある種 神の領域に到達した選手は、野球について達観し、他者へクールな印象を呈するものなのでしょうが、一投一打に歓喜し、悔しがる様も野球の魅力の一つだと思います。

横浜高校、東海大相模共に関東大会に出場します。
両チーム共に、もっともっと強くなる印象を受けました。
選抜出場を目指し、関東大会のご活躍も期待しております。

それにしても、東海大相模の試合前ノックは素晴らしかった。
あれだけで、お金とれます。


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この記事へのコメント

ナイスゲーム
2010年10月04日 21:31
私も現役の某県の高校野球審判員です。
あの妨害は正しいジャッジと思います。
明らかに走者を助けるスイングであります。エンドランには見えません。
メジャーの選手は、盗塁時、打者はキャッチャーに不自由なく投げさせます。それがフェアプレーであり世界基準。
日本の野球は悪い例で、打者は少しでも捕手の邪魔をしようと考えます。プロ野球では、接触して初めて妨害をとる、という判定基準が基本だそうです(例外あり)。しかしながらアマチュアでは全国的に接触がなくても妨害行為は厳しくとろう、という流れになっています。
たしかに、試合に水をさすかも知れません。しかし甲子園や六大学、社会人ではさらに厳しく指導さ取られています(この試合の球審も実際に甲子園でジャッジしたことがある)。
甲子園を賭けた大事な場面で始めて妨害を取られ一点が取れず負けるより、今のうちに取られておいて横浜としては良かったと思いますよ。
ナイスゲーム
2010年10月04日 21:32
続きです。
横浜だからこそ正しい野球をしてほしい。沢山の子供たちが見に来てました。フェアプレーのお手本になってほしい。閉会式で、大会会長の挨拶でもあったように、高校野球は指導の一環。逆にあのプレーを見逃していれば、子供たちは真似します。さらにひどい妨害をもやってしまうでしょう。乙坂くんも高校に留まらない選手。世界に通用してほしい。だから彼にとっても勉強になったと思いますよ。
私も、10年前まで球児として一戦でプレーしてたので、勝ちたいが為に出てしまうプレーというのはわかります。しかし審判員をやってみて初めて本当に大事なことがわかってきたような気がします。
だから、流れに水をさすとわかってても、批判が来るだろうとわかってても、ルール通り正しいジャッジメントを下した球審の勇気と決断力には拍手を送りたい。
日本の野球は世界一になりましたが、世界からはマナーやルール知識については二流と言われてるそうです。決して妬みではなく。
私も含めてですが、選手、ファン、審判員、すべての野球を愛する人が、もっと勉強をして、世界一に相応しい野球大国にしたいですね。
2010年10月04日 22:00
ナイスゲームさん、思いの籠ったコメントをありがとうございます。

もちろん、私もフェアプレーに則った野球を愛していますし、名門校の選手たちには 子供たちのお手本になって欲しいと思っています。

その上で、私には 妨害をするようなスイングには映らなかったということです。

また、これも私の主観かもしれませんが、走塁妨害のジャッジ以外にも、疑問符が付く場面がいくつかありました。
人間にミスはつきものですが、決勝戦という大舞台を演出する裏方さんに敬意を表しつつも、残念に感じた部分があったことは正直な気持ちです。

日本の野球が、世界においてマナーを批判されていることは存じております。
キャッチング時に手首を動かすことや、二塁走者のサイン盗みなどですね。

ただ、これらは、野球という、ボールさえもが世界統一球になっていないような未発展な競技において、日本が独自に研究開発してきた分野。

アメリカの基準で、これらが卑怯だというのならば、今後、話し合いによってグローバル・スタンダード化していけばいいのだと考えます。

私は、デッドボールを投げて、帽子をとる日本野球に、アメリカ野球には無い美意識を感じています。

野球を愛する者は皆友達。
今回は見方が別れましたが、また貴重なご意見をお待ちしております。
ナイスゲーム
2010年10月04日 23:41
ミットを動かす…これこそ実は間違った技術なんです。審判員の目を欺く行為ですから。私が球審をやってると未だに動かす捕手がいます。その時こう教えてあげるんです『君はボールと思うからストライクに見せかける為にミットを動かすんだよね?自信あるストライクなら動かさないよね?しっかり捕って俺に見せてくれ。ストライクはしっかりストライクとるから』そしてこう付け加えます『でも俺もキャッチャーだったから気持ちはわかるよ(笑)(やっぱりやってましたから…)』これでだいたい治ります。でも小さいときからのクセだからなかなか治らないんですよね。だから『練習して治るよう頑張れ』と言ってあげます。昨年アマ野球で『ミット動かすな運動』が提唱されました。なかなかプロ野球は動いてくれないのですが(理解はされている。しかし組織としての推進が未整備)、近い将来プロも同調することでしょう。日本の野球もたくさんいい所があるのですが善くも悪くも日本ならではの技術がある。世界一と言われてる日本野球が正しい野球をしないとオリンピック復活は難しいでしょう。
すいません、長くなりましたが、捕手の手首を動かさないよう、現場で指導してます。
ナイスゲーム
2010年10月05日 00:02
それと、二塁走者のサインの件。
以前ダイエー時代の小久保選手がスパイ疑惑で出場停止になりました。バイトを雇ってスタンドからコースや球種を教えてた、という疑惑です。
結局、白とも黒ともされずに、今でも小久保選手は活躍してます。
それをきっかけに、ランナーやベースコーチは、球種やコースの伝達は禁止(それ以前からもですが)と、改めてプロアマ関わらず強く宣言されました。
現在に至っては薄れてしまい、たまに見受けられますが、私は必ずやめさせます。
だから、日本のリトルリーグが世界一になりながら、サインを盗むプレーがあったと聞き、未だにそんなことするのか、と落胆しました。
相手や審判をだますプレー、サインを盗むプレーは、やはりスポーツマンシップに反します。
これを世界基準にするよう提案してしまえば…間違いなく日本は世界から置いていかれます。
我々アンパイアはこのように教えられます『ルールブック=生活、人生のルールに促している』

再び長文すいませんでした。
2010年10月05日 01:10
ナイスゲームさん、誤解無きよう申し上げたいのですが、私は ミットを動かしたり、二塁走者がサインを盗むことを良しと考えているわけでなく、これらを含め、野球(BASEBALL)における諸行為の善悪を判断する世界基準が曖昧(だった)のではないかと申し上げたいだけです。

切々と論じていただいた両点を含め、他にも 大差がついている時点で盗塁することが何故記録されないのか、本塁ベース上で走者が捕手に体当たりをしても咎められないのか等々、野球先進国であるアメリカと日本で育まれてきた文化の相違点を標準化しないことには、おっしゃるところのオリンピック復活の契機も含めて、世界的スポーツへのハードルは高いと考えられます。

野球におけるスポーツマンシップという観念を国際的に定義づけていくことは、細部において、諸国間の伝統を調整していく難しさがあるでしょう。

私は、この問題について当ブログ上で議論する気はありませんし、これ以上の解説も求めません。
管理人判断をルールとさせていただき、これにて終了といたします。

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