ローマの休日 と DVD著作権

先日、大学院の講義の中で、映画 「ローマの休日」 について触れられました。
私の中では、1950年代前半の、いわば古典的娯楽映画ぐらいの捉え方でしかなかったのですが、制作の背景には様々な困難に立ち向かった人々の思いが込められていたのだそうです。

当時は、冷戦下であり、「マッカーシズム」 と呼ばれた マッカーサー上院議員らによる、いわゆる 「赤狩り」が頻繁に行われていた時代で、リベラル派と呼ばれていた各映画監督は、公聴会での証言拒否などを理由に 監獄送りにさせられていたとのこと。

「ローマの休日」の劇中では、新聞記者役であったグレゴリー・ペッグが、オードリー・ヘプバーンに 「女王の休日を盗み撮りさせていたこと」 を最後に告白し、謝罪します。

『思想や表現の自由は 強制されるものでなく、自らが正しいと思えることを判断できることが大事なのである』。
といったような先生からの解説でした。

ちなみに、ウィキペディアでの表示は 以下です。

制作の背景 [編集]
第二次大戦後、イタリアの経済的な建て直しもあって、アメリカ映画のイタリア現地ロケが盛んに行われたが、この作品もそうしたもののひとつ。
また、ハリウッドで赤狩り旋風が荒れ狂い、監督、俳優たちはハリウッドを離れたところで仕事するのを喜んだという背景もあるといわれる。
ちなみに、この映画の脚本でイアン・マクレラン・ハンターはアカデミー賞を獲得したが、実際の筆者はダルトン・トランボである。
当時トランボは赤狩りでハリウッドを追放されていたため、友人で脚本家のハンターが名義を貸していた。
その後アカデミー委員会はトランボを正式な筆者と認めあらためてオスカーを送った。
修復された現在の版ではクレジットも差し替えられた。

製作途中にはテロが頻繁に起こっていた。
また撮影中のローマは猛暑であったため、メイクが流れ落ち、頻繁にメイクアップをしていた。

画像


そんな訳で、「ローマの休日」のDVD を久し振りに観たくなりました。

なんと 500円!

そういえば、行政書士の試験勉強で、著作権は 50年と習いました。
著作権が切れると、名作も投げ売り状態なのですね。
嘆かわしくもあり、一小民としては廉価を喜んでしまいもあります。

こちらの ウィキペディアの表示については こんな感じです。

著作権問題 [編集]
本作は作品中(オープニングタイトル、エンドロール等)に著作権表記が無かったため、公開当時の米国の法律(方式主義)により権利放棄とみなされ、米国においてはパブリックドメインとなった(シャレードと同じ理由。このため、コモンズに高解像度のスクリーンショットが収録されている)。
また日本においては、1953年の作品は2003年末をもって著作権の保護期間が終了したものと考えられたことから、2004年以降、幾つかの会社から格安DVDとしてリリースされた。
パラマウント社は日本では著作権が存続しているとして販売差し止めと損害賠償を求めて争っていたが、2007年12月18日、最高裁により著作権は消滅しているとの確定判決が下された。
この判決により、今後日本でもこの映画はパブリックドメインとして扱われることになる。詳細は1953年問題を参照。


大学院の講義では、「エデンの東」 についても触れられました。

当作品の監督は、公聴会質問で大事な仲間を裏切り、彼らの名前を暴露してしまったのだそうです。
その後、深い良心の呵責にさいなまれて作ったと言われる映画とのこと。
裏切った人の心の悩みを テーマの一つにしたのだそうです。

誰しも、 日和見主義や、“いいとこづき” する 調子のいい人達から うんざりさせられることがあると思いますが、そういう人達にも、 実は 心の葛藤があったりするのだろうか?
まぁ、人によるのでしょうね。
当たり前か。 ^^

名作の陰に無知だったことが多く、色々と考えさせられました。
こちらは、500円では ありませんでした。 ^^;



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